父の死後から1週間
本日葬式を行い、火葬までした
一区切りついた感がある
火葬まで1週間という長い時間があったので、遺体との面会を複数回行った
母は会うたびに泣いていて中々傷が深そうだった
面会時間の30分をフルに使って話しかけていたようだ
自分も面会で何か話しかけようと、言い残したことはあるのか考えた
しかし何も出なかった、結局言った言葉は「お疲れ様」だけだった
薄情な気もするけど、別に死んでる時に何言ってもしょうがないしな…ってなってはいた
これは思ったより自分の中で死を消化できているとポジティブに捉える事とする
父が死ぬ前提で過ごす日々は辛い所もあったが、今落ち着いていられるのは少し報われた気がするね
というかそもそも一番つらいのって、日常が無くなったと感じる時が一番効くね
亡くなった翌日に父のお気に入りの店で外食した時に、いつものメニューをオーダーする人が居ないと気付いた時でした
外だけど思いっきり泣いてしまった、結局これが唯一泣いた事かな
あと睡眠時に最期の下顎呼吸を思い出して入眠に苦労している
休みだから誤魔化し効いてるけど、生活習慣はどんどんズレていて良くない
こればかりは日常に戻って疲れるようになれば早く寝れるのかな…
とまぁ死を受け入れてたつもりなんですけどね、それでもやっぱり日常の端々で違和感を覚えるんですよね
それだけ父が身近な存在だったという事だし、自分の心の支えになってたという事でもある
この喪失感は時間とともに慣れていくしかないね
死んでから火葬までの1週間は、妹夫婦が実家で過ごしてくれた
単純に人が多いと会話の総量が増えて、なんとなくごまかしが効くものだ
特に母には良く効いたようで、大分和やかに過ごすことが出来た
妹も割とダメージを受けているようだが、そこは妹の旦那が大きくカバーしていた
一緒に風呂入って一緒のベッドで寝たりとマジで四六時中寄り添ってて旦那正直凄いよ
こういうの見るとやっぱり結婚というかパートナーが居るって大分大事だなと思いましたね
火葬の日も家族葬なのに12人も集まったので、悲しみを分かち合えた気がして少し気が楽だった
失うからこそ、辛いからこそ、血縁というモノの偉大さを感じて過ごす1週間だった
自分も婚活失敗したけど、今度こそ家庭を築くために再トライしたくなってきたね…
やっぱり人は人を愛して生きていきたいモノなんだな
そして火葬を終えた今は、本当に父は死んだんだなという気持ちで一杯です
肉体は燃やした
遺品は整理中で順次フリマサイトで手放している
請求とかカードとかサブスクも解約した
段々と父が生きていた証が消えていく、地味に効く
これで遺骨は海洋散骨を希望していたのだから、更に手元に残るモノは無くなっちゃうね…
海洋散骨、父自身は海が好きだったから言われたときは全然良い気がしていましたけどねぇ
いざ残される側になると、非常に名残惜しい気持ちにもなる
小指の骨とか遺骨の破片を手元に残しておく術もあると葬式業者は案内していたけど、これってどうなんでしょうね
正直、残したい気持ちがある
祈るためのモノが無いってのは案外嫌なものだと気付いた、世の中に仏像や十字架がある理由を垣間見た
とはいえ父の意思を尊重するなら全身を海に還してあげないと魂が解放されない気もするんで残さず散骨が良い気もする
ただどうせ死んでいるんだったら生きるモノの為に少し遺骨を回収してもいい気もする
結局は生きている私たちがどうすればスッキリするのか、その答えでしかない
死人に口なしなのだから。寂しいね
まぁ悩んでても明日は来る
今答えが出る事、出ない事、色々と引きずっていくしかないね
最善を求めていけばいつか理想に辿り着くと信じて、父のように悔い無き人生を目指して行きましょう

